大学の神学部に籍を置きながら、週末は大阪・ミナミの戎橋(通称『ひっかけ橋』)で、路上似顔絵描きをした。キリスト教を学んでも牧師になる気持ちはなく、ただ人が死んでいくことの不条理を、神への信仰とその安らぎの中で見つめたいという思いだけで神学部に入ったのだった。そのとき読んだのが『ゴッホの手紙』だった。これは彼が親友ベルナールに宛てた書簡集であるが、彼が紡ぎ出す誠実な言葉から私は、彼の芸術に対する透徹した眼差しのみならず、彼が神学を学びながらも挫折し、描いた絵が評価されることもなくただ弟から支援を受けて生きることへの、言葉にならないもどかしさやふがいなさを感じ、心が痛くなった。
人生には「何をして食べていくか」という問題とともに「何をして死んでいくか」という問題があること、そして、その後者にこそ「一人一人の尊厳」や「私とは何か」を考えるヒントが隠されているように思えた一冊であった。