子どもの頃

「雨の公園」という名前のこと

投稿日:2020年6月24日 更新日:

公園の思い出はいくつかある。

実家の近所にもいくつかの公園があって、小学校の頃は近所に3つほど、少し足を延ばした隣町に2つほどの公園を「行きつけ」の公園にしてよく遊んでいた。

公園は子どもだった私には友だちとおもいきり遊んだ宝物のような思い出の詰まった場所であるが、それにも増して思い出されるのが、「雨の日の誰もいなくなった公園」なのである。

雨降りの公園…。

こんな静かな場所が他にあるだろうか。
無音ではない。完全な無音の場所なら他にあるかもしれない。
しかし、鼓膜を揺らすわずかな雨の音が、かえって誰もいないその場の広がりと静寂さを意識させるのである。

実は子どもの頃、雨の日にとある公園のそばを通りがかった時、子どもたちがみんな帰ってしまって誰もいなくなった公園で、雨に打たれて濡れている大きなクマの人形があるのが目に入った。それは小学生の私が見上げるほどの背丈であった。

その日、誰もいない公園で、ひとり黙って雨に打たれているクマを見ているうちに、私はどうしたことか、そのクマと二人っきりで話しているような気分になってきたのだった。クマと私の二人だけが静かな世界に存在しているような気持になったのだった。クマは何も語らないのに私の気持ちをすべて理解してくれているように思えた。わずか1分ほどのその静謐な時間は、私ににとって他のどの場所でも味わうことのできない安らいだ時間であった。それは確かに私が小学生のときの出来事だった。

あの公園はどこにあったのだろうか。本当はそんな公園はどこにもなかったのだろうか。子どもの頃に遊んだいくつかの公園のイメージが重ね合わさって、ただ心の中に作り上げられた架空の場所だったのだろうか。しかし私には、静かな雨に濡れながら遠くを見つめるクマの顔が今でもありありと思い浮かぶのである。

私は今でも、雨降りの日に公園の前を通りがかると、立ち止まってしばらくその公園を眺めて過ごすことがある。公園に遊ぶ子どもはおらず、錆びたフェンスに雨粒が滴り、遊具たちが寂しそうにしぐれているだけである。砂場に忘れられたプラスチックのバケツに雨が溜まっているだけである。

それでもそうして雨の公園を眺めていると、今もあのクマが近くにいるような気がするのである。

-子どもの頃
-

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

日記②

最初のページにはじめて書いたのは、クラスの友人2人が泊まりに来た次の日、思い立って神戸のポートピア博覧会に遊びに行った時のことだったと思う。新しい学年になって新しくできた友人と遊んだポートアイランドで …

雨の降る造成地

もうずいぶん前のことになるが、ある人を見舞いに行った帰り、妻と西宮市郊外のレストランに入った。窓からは緑の田畑や空き地、少し向こうには遠く三田の町並みが、小雨に濡れて少し霞んで見えていた。見下ろせば住 …

日記③

日記が復活したのは、彼女にフラれたその秋ごろからである。 未練たらたらに彼女のことばかり考えてしまい、それでも昼間は友人としゃべったり気持ちを聴いてもらったりして――友人はいい加減うんざりしていた―― …

その瞳を見ていると

その瞳を見ていると悲しくなった。悲しくなるのに目が離せなかった。あれは15歳のときだった。 高校に入学して学校にも少し慣れてきた6月のある平日、ぼくたちの高校は創立記念日を迎えた。平日に堂々と学校を休 …

駄菓子屋とおばあちゃん

家の3軒となりに駄菓子屋があった。竹トンボやメンコやリリアンなどが置いてあり、甘辛いタレをたっぷり付けた「いか串」も、丸くて大きな蓋のついたプラスチックのケースに入っていた。何本も束ねたひもの先にいろ …

プロフィール

雨の公園 プロフィール

はじめて絵を描いた記憶は幼稚園の冬休み。カエルを描いて園に持っていくと、友だちから「雨の公園くん、お正月のお絵描きなのにカエルを描いてる」と笑われたので鮮明に覚えている。

高校の時つけ始めた日記の端に好きなアイドルの絵を鉛筆で描きうつす。これが私にとって“線”でなく“陰影”のみで描いたはじめての鉛筆画となった。日記は大学に入る頃まで7冊ほど書き溜めた。

自分の入院の経験を生かして描いた漫画『文化祭の夜』が小学館ヤングサンデーの新人増刊号の最終選考に残るもギリギリ掲載には至らず。生まれてはじめて漫画雑誌の「編集者」と呼ばれる人と出会う。

大手出版社から絵本を2冊商業出版するも絵で食べていくことは断念する。時を同じくし、大阪ミナミの戎橋(通称「ひっかけ橋)で路上似顔絵を描きながら大学院で旧約聖書の『ヨブ記』の解釈についての論文を書き、修士号を取得する。

☆ ☆ ☆

好きな絵かきさん
ギュスターヴ・カイユボット、紡木たく

好きな作家、文筆家
室生犀星、藤木正三

人物

風景その他