その日、雨が降っていてとくにすることもなかったので本屋に出かけた。
目当ての本はなかったが、ぶらぶらと本棚を見て回ることはとても心地よかった。
1~2冊の新書を手に取ってレジに向かう途中、漫画本が平積みにしてある一角があった。ふと視線を落とすとその中にとても美しい表紙の漫画が目に入った。紡木たくの『瞬きもせず』の1巻と2巻だった。
他の少女漫画とは明らかにテイストの違う、透明感あふれる、そしてみずみずしい水彩画のような、美しい表紙だった。わたしはその場で立ちつくし絵に見入ってしまった。
1冊の表紙には、夕暮れの堤防を歩く高校生の男女の絵が描かれていた。たぶん学校からの帰り道なんだろう。男の子が自転車を押し、その後ろを女の子が下を向いて歩いている。夕陽が川面にまぶしく反射している。絵全体がオレンジ色の夕景に包まれている。ケンカしたのか、疲れているのか、二人は何も語りもせずにうつむいて歩いている。こちらから見つめられていることなどまったく気づいてもいないかのように。
もう1冊には、木漏れ日の向こうに溢れるまぶしい光の中に、赤い自転車を押す制服姿の少女の後ろ姿が小さく描かれていた。こちらも、どこにでもありそうな、そしてどこかできっと目にしたような「特別でない」日常の一瞬を切り取ったような絵だった。女の子は誰かから呼ばれたのか、気になる人がいたのか、視線を一瞬左に向けた。その一瞬の0.1秒を切り取った絵だった。自転車の傾きと少女の腕に込められるわずかな力み。車輪が動き出すその直前の、1秒前でも1秒後でもない刹那の描写が、この前後にある何か切ない物語を十二分に想像させるのだった。
それらの、いつかどこかで目にしたようなノスタルジックな光景は、瞬きをすれば過ぎ去ってしまうような、永遠に戻ってこない一瞬であった。
それが紡木たくの作品との出会いだった。すぐに手に取って新書と一緒にレジで会計を済ませ、家に帰って新書を読む前にページを開けた。
(→「紡ぎたく『瞬きもせず』第1巻」につづく)