comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

洗礼を受けた

わたしは、洗礼を受けるかどうか、受けていいものかどうか、その日、病院のベッドで天井を見つめながら考えていた。 曽祖父が僧侶であった。そして小さい頃から仏壇を大切にする家庭的雰囲気で育ってきた。線香を灯 …

ひっかけ橋で絵の修行 ③

ひっかけ橋での鉛筆画似顔絵パフォーマンスは回を重ねるたびに客がつくようになった。いろんなところから観光客や買い物客が集まり、ときには、フライト間の休暇で立ち寄った外国の航空会社のCAさんたちや、Vリー …

ひっかけ橋で絵の修業 ①

わたしは相当人生に迷ってきたし、若い頃は仕事も中途半端な辞め方や始め方をしてきたと思う。20代の中ごろに長く入院せねばならなかった時期があって、医者からも予後も相当悪いと告げられていたので、どうせ誰で …

日記③

日記が復活したのは、彼女にフラれたその秋ごろからである。 未練たらたらに彼女のことばかり考えてしまい、それでも昼間は友人としゃべったり気持ちを聴いてもらったりして――友人はいい加減うんざりしていた―― …

紡木たくについて

その日、雨が降っていてとくにすることもなかったので本屋に出かけた。目当ての本はなかったが、ぶらぶらと本棚を見て回ることはとても心地よかった。 1~2冊の新書を手に取ってレジに向かう途中、漫画本が平積み …

プロフィール

雨の公園 プロフィール

はじめて絵を描いた記憶は幼稚園の冬休み。カエルを描いて園に持っていくと、友だちから「雨の公園くん、お正月のお絵描きなのにカエルを描いてる」と笑われたので鮮明に覚えている。

高校の時つけ始めた日記の端に好きなアイドルの絵を鉛筆で描きうつす。これが私にとって“線”でなく“陰影”のみで描いたはじめての鉛筆画となった。日記は大学に入る頃まで7冊ほど書き溜めた。

自分の入院の経験を生かして描いた漫画『文化祭の夜』が小学館ヤングサンデーの新人増刊号の最終選考に残るもギリギリ掲載には至らず。生まれてはじめて漫画雑誌の「編集者」と呼ばれる人と出会う。

大手出版社から絵本を2冊商業出版するも絵で食べていくことは断念する。時を同じくし、大阪ミナミの戎橋(通称「ひっかけ橋)で路上似顔絵を描きながら大学院で旧約聖書の『ヨブ記』の解釈についての論文を書き、修士号を取得する。

☆ ☆ ☆

好きな絵かきさん
ギュスターヴ・カイユボット、紡木たく

好きな作家、文筆家
室生犀星、藤木正三

人物

風景その他