「 宗教哲学 」 一覧
-
2020/10/27 -宗教哲学
アダムは930歳で死んだそうだ。 アダムという名前はヘブライ語の「土」(アダマー)に由来していて、その名の通り、最後は彼自身がそこから作られたところの「土」にかえっていった。アダマー(土)に由来するア …
-
2020/08/15 -宗教哲学
ひっかけ橋での鉛筆画似顔絵パフォーマンスは回を重ねるたびに客がつくようになった。いろんなところから観光客や買い物客が集まり、ときには、フライト間の休暇で立ち寄った外国の航空会社のCAさんたちや、Vリー …
-
小学生の頃、夏休みは永遠に続くかのように思えた。夏休みの手前では、夏休みが終わった後のことを想像することもできなかった。そんな日があることも思い浮かばなかった。夏休みよりも向こうにあるものは、夏のまぶ …
-
2020/06/21 -子どもの頃, 宗教哲学
子ども時代、駄菓子屋、悪家の3軒となりに駄菓子屋があった。竹トンボやメンコやリリアンなどが置いてあり、甘辛いタレをたっぷり付けた「いか串」も、丸くて大きな蓋のついたプラスチックのケースに入っていた。何本も束ねたひもの先にいろ …
-
2020/06/18 -子どもの頃, 宗教哲学
喪失、グリーフ、宗教哲学、キリスト教、悲しみ夢の話なのか、現実に体験した出来事なのか。 その日の記憶さえ雨の中に溶けていきそうだ。 しかし、私の心には悲しみだけが確かな感情として残っている。 小学生の私は電車の中で傘を置き忘れた。降りてから気づ …
-
わたしは、洗礼を受けるかどうか、受けていいものかどうか、その日、病院のベッドで天井を見つめながら考えていた。 曽祖父が僧侶であった。そして小さい頃から仏壇を大切にする家庭的雰囲気で育ってきた。線香を灯 …
-
2020/06/10 -宗教哲学
グリーフケア、お墓、スピリチュアルケア, 喪失月命日が来るたび、失くしたわが子の墓参りを何十年も続けてきたという男性に出会った。もう80代になっていただろうか。また、別の70代くらいの女性は、片道1時間ほどかかる道のりを毎日歩き、亡き夫の墓掃除と …
-
2020/06/06 -宗教哲学
CM, コマーシャル, マヨネーズ、ノスタルジー夕暮れのあぜ道――。 小さい女の子がお父さんと手をつないで帰っていく。 遠くに小さく見える二人の後ろ姿。その向こうにはこんもりとした低い山。そのふもとの鳥居。どこまでもノスタルジックな里山の夕景――。 …
-
2020/06/04 -子どもの頃, 宗教哲学
思い出、ノスタルジー、郷愁もうずいぶん前のことになるが、ある人を見舞いに行った帰り、妻と西宮市郊外のレストランに入った。窓からは緑の田畑や空き地、少し向こうには遠く三田の町並みが、小雨に濡れて少し霞んで見えていた。見下ろせば住 …