書評 絵のこと、芸術のこと

紡木たくについて

投稿日:2020年7月1日 更新日:

その日、雨が降っていてとくにすることもなかったので本屋に出かけた。
目当ての本はなかったが、ぶらぶらと本棚を見て回ることはとても心地よかった。

1~2冊の新書を手に取ってレジに向かう途中、漫画本が平積みにしてある一角があった。ふと視線を落とすとその中にとても美しい表紙の漫画が目に入った。紡木たくの『瞬きもせず』の1巻と2巻だった。

他の少女漫画とは明らかにテイストの違う、透明感あふれる、そしてみずみずしい水彩画のような、美しい表紙だった。わたしはその場で立ちつくし絵に見入ってしまった。

1冊の表紙には、夕暮れの堤防を歩く高校生の男女の絵が描かれていた。たぶん学校からの帰り道なんだろう。男の子が自転車を押し、その後ろを女の子が下を向いて歩いている。夕陽が川面にまぶしく反射している。絵全体がオレンジ色の夕景に包まれている。ケンカしたのか、疲れているのか、二人は何も語りもせずにうつむいて歩いている。こちらから見つめられていることなどまったく気づいてもいないかのように。

もう1冊には、木漏れ日の向こうに溢れるまぶしい光の中に、赤い自転車を押す制服姿の少女の後ろ姿が小さく描かれていた。こちらも、どこにでもありそうな、そしてどこかできっと目にしたような「特別でない」日常の一瞬を切り取ったような絵だった。女の子は誰かから呼ばれたのか、気になる人がいたのか、視線を一瞬左に向けた。その一瞬の0.1秒を切り取った絵だった。自転車の傾きと少女の腕に込められるわずかな力み。車輪が動き出すその直前の、1秒前でも1秒後でもない刹那の描写が、この前後にある何か切ない物語を十二分に想像させるのだった。

それらの、いつかどこかで目にしたようなノスタルジックな光景は、瞬きをすれば過ぎ去ってしまうような、永遠に戻ってこない一瞬であった。

それが紡木たくの作品との出会いだった。すぐに手に取って新書と一緒にレジで会計を済ませ、家に帰って新書を読む前にページを開けた。

(→「紡ぎたく『瞬きもせず』第1巻」につづく)

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雨の公園 プロフィール

はじめて絵を描いた記憶は幼稚園の冬休み。カエルを描いて園に持っていくと、友だちから「雨の公園くん、お正月のお絵描きなのにカエルを描いてる」と笑われたので鮮明に覚えている。

高校の時つけ始めた日記の端に好きなアイドルの絵を鉛筆で描きうつす。これが私にとって“線”でなく“陰影”のみで描いたはじめての鉛筆画となった。日記は大学に入る頃まで7冊ほど書き溜めた。

自分の入院の経験を生かして描いた漫画『文化祭の夜』が小学館ヤングサンデーの新人増刊号の最終選考に残るもギリギリ掲載には至らず。生まれてはじめて漫画雑誌の「編集者」と呼ばれる人と出会う。

大手出版社から絵本を2冊商業出版するも絵で食べていくことは断念する。時を同じくし、大阪ミナミの戎橋(通称「ひっかけ橋)で路上似顔絵を描きながら大学院で旧約聖書の『ヨブ記』の解釈についての論文を書き、修士号を取得する。

☆ ☆ ☆

好きな絵かきさん
ギュスターヴ・カイユボット、紡木たく

好きな作家、文筆家
室生犀星、藤木正三

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